田村修一のユーロ2008日記
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田村修一・ユーロ2008 [田村修一のユーロ2008日記 バックナンバー] 
7月4日(最終回)
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 EURO日記も前回の決勝で終わり、と思っていた方々は多いのでしょうが、実はそうではなかった。と言っても、これが本当の最終回。アルフレッド・ディ・ステファーノの誕生日に終えるというのも、スペインにちょっとだけ因んでいていいかもね。
 決勝からそろそろ1週間がたつが、いまだにウィーンにいる。仕事の関係で足止めを食らっているというのがより正確な表現で、しかもまだ帰国の目途(めど)が立っていない。とはいえ長くともあと1週間程度だろうが、こういう事態は想定していなかったので、宙ぶらりん状態で精神的に落ち着かない。まあ、待つのは記者の仕事の一部ではあるのだが。
pc_disp  昨日、フランスでは理事会が開かれ、2010年までレイモン・ドメネクの監督(かんとく)継続が決まった。98年W杯優勝組の多くは、ディディエ・デシャンを強力に推(お)し、世論、特にサッカーに興味ある人々の圧倒的多数は、ドメネク更迭(こうてつ)=デシャン就任だったが、彼らの声は通らなかった。
 政治的側面をいえば、プラティニはじめジャケ、ウリエ、オラスら、サッカー界の中枢(ちゅうすう)を占(し)める主だった人々が、軒並(のきな)みドメネクを支持した。ジャケもそうだがプラティニの影響力は大きく、エスカロット会長は、プラティニの意見を聞くためだけに、EURO決勝のおこなわれたウィーンを訪れた(試合は見なかった)。そしてプラティニは、心情的にはドメネク支持よりもデシャン不支持だったと思う。
pc_disp  また、現在の代表の主力たち、リベリーはじめベンゼマ、サニョル、チュラム、アンリなど、98年組を含めた選手たちがドメネク支持に回ったのも大きかった。またデサイーも態度を保留するなど、98年組の結束も一枚岩ではなかった。
 一方、スポーツ的側面では、これで継続性は保たれたが、そこにはプラスとマイナスの両面がある。ドメネクの課題は、世代の融合と若返りをどれだけスムーズにおこなえるか。スタッフを充実できるか。攻撃をどう構築するか。プレスとの関係を改善できるか、等々課題は多い。
 個人的にはデシャンの監督ぶりを見たかったが、時期尚早(じきしょうそう)という協会の判断は間違いではない。
 ウィーンの夜は、まるでEUROなど遠い昔だったかのように、静かに更(ふ)けていく。その静けさの中に、ひとり取り残された自分が埋(う)もれそうになっているのが怖(こわ)い。
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 そんなわけで、短い間でしたが、お付き合いありがとうございました。またどこかでこうして日記を書くこともあると思います。そのときは、どうかよろしく。

 田村 修一(TAMURA Shuichi)

関連記事は「サッカー通信44号 2008年7月号」(2008年7月中旬発行予定)で
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